インタビュー
2019年8月17日

リリー・フランキー「田畑政治のように何かをめちゃくちゃ好きなやつって、見ていて気持ちが良いんですよね。好きなものがある人って良い」│『いだてん』インタビュー (2/4)

威厳を忘れてボケを入れています

―― 役作りで参考にしたエピソードなどがあれば教えて下さい。

緒方さんは実在した人物。そこで撮影の前に、緒方さんにまつわる参考資料をたくさんいただきました。それを読んではみました。

最終的にけっこうな政治家にまで上りつめる人なので、本来、ドスンと構えているべきなんでしょうけれど、しかしなにせ一緒に田畑がいるので、ドスンとしていると噛み合わない(笑)。だから威厳みたいなものを少し忘れて、軽いボケを入れるような偉い人にならないといけないんだなと思って。

普段、偉い人がしないようなボケを入れておかないと、持たない。後々、緒方さんがどんな立派な人になるということを、時々忘れるようにしています。「いつか俺は、副総理になるんだ」なんてことを1回忘れないと、あのバーのシーンは持たないです(笑)。バーに行けば行くほど、田畑さん寄りのペースで飲み出しちゃうところがある。

―― 撮影現場の雰囲気は。

とても良いですね。薬師丸ひろ子さんがまた、素敵な方なので。あんなに健やかな方はいないですからね。ローズ(バー)のシーンで、田畑さんが薬師丸さんに向かって「やい、ババァ」とか言ってて、僕もさすがにこれは言ってあげなきゃいけないなと思って、阿部さんに言いましたもん、「よくそんなひどい言葉を薬師丸さんに言えますね」って。阿部さんは「だって台本に書いてあるんだもん」って言ってましたけどね(笑)。

―― バーは妖しい雰囲気が出ていますね。

新聞社にいても、バーにいても、そこに居るだけで、実際に現場にいるような気分にさせてくれますね。NHKの美術さんは本当に素晴らしい。

―― リリーさんがおもしろかったシーンは。

ローズで薬師丸さんが(田畑さんの手のひらの生命線を伸ばすために)包丁を出してくるシーンとかは、今までのシリアスな流れは何だったんだ、というくらいコメディじゃないですか(笑)。だから「いや、ちょっとママ、ママ」なんて、僕もお芝居が変わっちゃってる(笑)。あそこのシーン、よく覚えていますね。「あ、もうここからこのパターンでいくのかな」なんて。バーは毎回好きです。飲み屋ならではの、ふざけている感じが出るんですよね。新聞社にいるときより気が楽。だから緒方さんもバーに行くんでしょう。僕は何の緊張感もなくやっています。

新聞社って、ものすごくオッサンのガヤが多いんです(笑)。いつもみんな言ってることなんですが、新聞社のシーンが終わると、喉が超痛いんですよ。みんながうるさいから、知らないうちに声がでかくなっている。

劇中で大正→昭和の改元を体験し、現代でも平成から令和に

―― 明治から大正に元号が変わる際のスクープ合戦も描かれました。新聞社、記者のイメージは。

いまの新聞社だったら記者はエリートだと思いますけれど、当時の新聞記者って、輩(やから)感がすごかったんじゃないでしょうかね。嫁に出しちゃいけない、と言われるくらいの感じだった。山師というか、新しいメディアで儲けようとしている人たちというか。いかんせん、当時はコンプライアンスという感覚がさほどないままメディアをやっている人たちが多かった。ひとつの情報、ニュースを得るために、いまでは考えられないこともやっていた。

元号をスクープするという話が出てきますけど、ちょうど、そういうことをドラマでやっているときに現実の世界でも元号が変わったというのはね。こればっかりは狙って書けるもんでもないですから。そのタイミングに居合わせることができて良かった。最初に「令和」って聞いたときに「うん?」って思った感覚も、実は毎回、年号が変わる度に思っていることなんだっていう。でも不思議なもんで、3日も経つと令和でしかなくなるでしょう。

元号って日本独特の勘定の仕方というか、ものですよね。それによって、変わっていく時代の風景などもドラマの中で感じていただけるとうれしいですね。その後、大正から昭和に改元して、ゆくゆくは1964年のオリンピックにたどりつくまで、こんなにいろんなことがあったんだと。それは僕にとって、武将が誰に殺された、なんてことよりも興味があることですね。

よく世間話の中で、武将に例えはじめるとオヤジだって言われるんですけれど、でもこのドラマを見ることによって、オリンピックに例えだすとそれはそれで、またオヤジになるということなんでしょうね。

―― 大きな事件などが起こっても、個人の頑張りによってオリンピックは動いていったということでしょうか。

当時はまだ運動を趣味にしている人は少なかった、意識としても低かったと思うし。マーちゃん(田畑)だって、あんだけ水泳が好きだったわけですけど、他の国がクロールをやっている時代に、ノシ(日本泳法)をやっている状態だった。そんな情報しかなかったわけです。

いま当たり前に感じていることが、こういう人たちの努力のおかげでつながっているんだ、というところがこのドラマの見どころです。女性差別ひとつにしてもそうですし、日本が世界的な見識に対して遅れていた部分も、遠い100年前の話ではなくて、たったこの間までこんなんだったんだ、ということが分かります。

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