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裸足ランニングに学ぶ“ホントの身体の使い方”。裸足王子・吉野剛ロングインタビュー

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 走るときはランニングシューズを履く。その常識を覆す“裸足ランニング”について、以前MELOSでも実体験からそのメリットを紹介しました。

▼実践者は語る!“裸足での運動“がもたらすメリット
https://melos.media/training/1176/

 この裸足ランニングは、もともと日本ベアフット・ランニング協会代表で、「裸足王子」の愛称で知られる吉野剛さんが国内で提唱した考え方。いかにして裸足ランニングに出会い、具体的にどのような取り組みを行っているのか。そして、裸足ランニングで得られるものとは。吉野さんにたっぷりお話を伺いました。

海外留学をきっかけに裸足ランニングに出会う

 吉野さんは、もともとランナーや陸上競技選手だったわけではありません。ランニングは日本の大学を中退し、アメリカへ留学してから始めたと言います。

「留学した際、寮に“ミールプラン”というものがあって、いわゆるジャンクフードが食べ放題だったんですよ。自分は太らない体質なのだと思っていたんですが、好きなだけ食べていたら、あっさり15kgも体重が増えてしまいました。それに対して運動量は減っている状況。そんな中、たまたま大学内の陸上競技場で1,500mを走る機会があったんですが、唖然とする出来事が。なんと、約7分半もかかったんです。これは、さすがにショックでしたね」

 それ以前はテニスをやっており、身体を動かすこと自体にはある程度の自信があった様子。だからこそ1,500m走の結果に危機感を得た吉野さんは、クロスカントリー部への入部を決めたそうです。

「もちろん最初はすごく遅かったんですが、少しずつ走れるようになっていきました。しかしそこで、1つの違和感を強く感じるようになったんです。それが、メンバーがよく怪我をしているということ。私自身もシンスプリントが多くて、走っては怪我で休む……の繰り返しになっていました」

 アメリカでは機能性の高いモノが多く、インソールやクッション性の高いシューズ、また治療なども多くの選手が利用していました。それなのに怪我をしてしまう。しかも多くの人が、ランニングすれば怪我するのは当たり前だと考えていたそうです。

「大学院に進む際、運動分析(バイオメカニクス)を専門として選びました。もともと理系だったので、その知識を活かせる分野だと考えたんです。そこで実験したのが、シューズと裸足での不随意反射の違い。つまり脳が指示を出すより速く反応する速度です。例えば片足で不安定な場所に立ち、いきなり倒れそうになる。その際、倒れまいと筋肉が反応するわけですが、明らかに裸足の方が早いという結果が出ました」

 この実験結果から吉野さんがたどり着いたのが、裸足によって捻挫など多くの怪我が防げるのではないかという考え。つまり裸足ランニングには、実験に基づくしっかりとした根拠があるのです。ではその後、研究者としての道を歩んだのかと言えば、そうではありません。吉野さんは研究ではなく、普及に取り組もうと動き始めました。

日本ベアフット・ランニング協会の設立

 吉野さんは当初、日本ではなくアメリカでの活動を考えていたと言います。

「日本では実績がないと受け入れてもらえません。いくら伝えても、『誰もやっていないから』と言われてしまいます。まして、私はもともとランナーではなく、ダイエットがてら走り始めたわけですから。日本での普及は難しいと感じていました。しかしアメリカでは話を聞いてくれる人は多く、実際の反応も悪くありません。さらに当時、裸足ランニングについてはメディア等でも取り上げられつつあり、タイミングも良かったんです」

 しかしテロなどを背景にビザ取得が厳しくなっており、アメリカでの永住権を取得することができませんでした。そのため、結果的に吉野さんは“日本でやらなければいけない”状況に追い込まれます。しかし実際に活動してみると、やはり団体などにアプローチしても門前払いという状況。そんな中、1つの出逢いが日本での活動を後押ししたそうです。

「トップギアランニングクラブの代表・白方健一さんと出会い、埼玉でランニングクラブを立ち上げました。とはいえ中身は一般的なクラブで、そこに少しずつ裸足でのトレーニングを入れていったんです。私自身は見本を見せるため、基本的に裸足で走っていましたけどね」

 埼玉ランニングクラブはメンバーの満足度が高く、50名ほどの規模まで拡大。しかし残念ながら、それは吉野さんが目指す形と違っていたと言います。

「アメリカでは常に新しい人が入ってきて、クラブがどんどん大きなコミュニティになっていきます。しかし日本ではある程度の規模になると、新しい人が入りづらい環境になりがちです。メンバーに満足してもらえていたことはうれしかったのですが、裸足ランニングが定着する未来は見えませんでした」

 そこで吉野さんは方向転換し、ランニングクラブから裸足ランニングを広げるのではなく、最初から興味を持ってくれる人に対象を絞ろうと考えたとのこと。そこで立ち上がったのが、一般社団法人日本ベアフット・ランニング協会でした。2011年9月には『裸足ランニングクラブ』が始動しましたが、裸足でのトレーニングを全面に出した教室は、おそらく日本で初のものだと言います。

海外を巻き込んだプロジェクトも活発化

 現在、国内では『裸足ランニングクラブ』のほか、裸足で走る『ベアフットマラソン大会』の開催などに取り組んでいる同協会。しかし吉野さんの活動は、現在海外へと広がっているそうです。

「少しずつ海外から声が掛かるようになり、中国やシンガポール、タイ、ケニアなどでの活動が活発化してきました」

 今回特に注目したのが、ケニアで動いているというプロジェクト。ケニアといえば、日本で活躍するランナーを目にする機会も多いでしょう。実際、日本との繋がりは多いようです。

 ケニアでは貧しい家庭も多く、お金がなくてシューズが買えないことも珍しくありません。そのため、例えば学校まで何kmもの道のりを、裸足のまま走って登校する子どもも珍しくありませんでした。しかし吉野さんがケニアに行ってみると、現在はかなり状況が変わっていたと言います。

「現在のケニアでは、シューズがもはや必須。多くの選手がシューズを欲しがっていました。それも、できるだけソールの厚いシューズが良いと言うんです。その理由は怪我をしないため。しかしそれに反して、怪我人が急増しているんですよ。さらにトレーニング内容もインターバルやペース走などシステマチックになっていて、走行距離も伸びていました。まさに、日本の陸上競技がそのまま反映されている印象です」

▲男子マラソン世界記録(公式)保持者である、ケニアのデニス・キプルト・キメット選手(Getty Images)

 25歳以上の選手は、裸足を敬遠しているとのこと。しかし実際にシューズを履いて怪我が減ったかと聞けば、答えはNoだと言います。むしろ、裸足で走っていたときに怪我した経験のある方がいないほど。ここに、大きな矛盾があります。そのため吉野さんは、まず選手が怪我しないことを前提として、新たなトレーニングキャンプの仕組み作りを始めています。

「選手育成を目的としたトレーニングキャンプは、入るだけで大金が掛かります。しかもトレーニングで怪我してしまえば、追い出されて新しい選手を入れるんです。人数に制限がありますし、ビジネスの面から言えば仕方ないことなのでしょう。トレーニングキャンプにはスポンサーが付きますから、走れなくなった選手を置いておくことはできません。しかしこれが、果たして選手にとって良いことなのか。私は裸足ランニングによって選手が怪我なくトレーニングを行い、食料は自給自足によって金銭負担を減らし、もし選手として結果が出なくても、そこで得た経験をもとに生きていける知識が身につく、そんなトレーニングキャンプを実現させたいと思っています」

 とはいえトレーニングキャンプの取り組みも、やはり結果が出なければ受け入れられていかないでしょう。現在は選手の育成に取り組む傍ら、海外派遣など準備を進めているそうです。このトレーニングキャンプは、日本のみならず世界的に裸足ランニングが認められるきっかけになるかもしれません。

裸足ランニングの普及に向けた課題

 日本国内における裸足ランニングの認知度は、少しずつ広まっているようです。実際、ベアフットマラソンでは340名もの参加者が集まり、協会も全国各地に拠点が増えています。しかし裸足ランニングの普及には、なかなか難しい面も多いようです。

「例えば小学校で教える機会も多いのですが、子どもは順応性が高く、すぐに走り方がよくなる反面、元に戻ってしまうのも早いんです。やっぱり一時的なものではなく、1人でもその環境で裸足ランニングを伝えてくれる人が必要なのだと思います。また、大人の場合には速い人ほど怪我しやすい傾向があって、すると『この人に無理なら自分にはもっと無理』なんて考えてしまいがちです。速い人はプライドがありますし、できるはずという思いが強いので、止めてもいきなり裸足でスピードを出してしまうんですよ。走り方を知らない状態でいつものように速く走れば、怪我するのは必然なんですけど。結果的に、せっかく裸足ランニングに興味を持っても、辞めてしまう人が少なくありません」

 しかしその半面、本質的に理解して裸足ランニングに取り組んでいる方は、着実にレベルアップしているとのこと。5,000mを裸足で15分台というランナーもいるそうです。“裸足で速く走れる”という実例が出れば、納得感を持って取り組める人は増えるのではないでしょうか。まずは、裸足を1つの選択肢として捉えてもらうこと。少しずつ、吉野さんの取り組みは実を結んできています。

裸足を通じて伝えたいこと

 吉野さんは裸足ランニングを通じ、多くの方に“自分の身体のこと(=機能)”を知ってもらいたいと考えています。そこには、過去の実体験に基づく理由がありました。

「学生の頃にトライアスロンをやったんですが、一生懸命にバイクをこいでも、どこかで頭打ちを感じるものなのですよね。そんなとき、多くの方はギアに目が向きがち。つまり、ギアを変えることで速くなると考えるわけです。実際、私もそう考えていました。しかしなんとか新しいギアを購入したいと自転車店に行ったとき、そもそもの技術がないのに、モノを買ってもたかが知れていると言われ、ペダリング技術を教えてもらったんですよ。そしたら劇的に記録が変わって、本当に驚きました。でもこれって、ランニングでも同じこと。まず身体というベースのことを理解し、走り方を身に付けることが大切なんです。シューズが速いのか、裸足が速いのか……なんて、結論的には分かりません。でも自分の身体次第で、たくさん変わる部分があることは事実だと思います」

 確かに市民ランナーの多くは、独学でとにかく走るという方が多いでしょう。ランニングフォームを見てもバラバラで、苦しそうに見えることさえあります。裸足で走ることで、自分の身体がどう使われているのかを意識できる。最初は、着地衝撃を強く受けて、痛みを感じることだってあるでしょう。しかしそれを感じればこそ、負担なく走るための工夫に繋がっていくのではないでしょうか。より効率的に走れるようになれば、怪我を防ぐだけでなく、パフォーマンスそのものも高まるはずです。

「昔はトレーニングしないと不安で、なんだか追われているような感覚がありました。でも、裸足ランニングを始めてから、そういうことがありません。実際、ほとんど走らなくても、レースなど意外と走れてしまうんですよ。現在、走るのは基本的に2週間で5kmくらい。それでもウルトラマラソンだって走れます。周囲からは『ずるい』なんて言われますが、身体の使い方、走り方という基本があるからこそだと思っています」

 吉野さんによれば、特に大切なのが走るリズムとのこと。伸びた筋肉を元に戻す、つまり身体を弾ませるタイミングやリズムが掴めるだけで、走りが大きく変わるそうです。それが、着地の衝撃を効率的に運動エネルギーへ変える変換率を高める。これは裸足によって、地面との設置を足裏でダイレクトに感じられるからこそできることでしょう。

 大学院での実験、そして自身の経験から導き出した“裸足ランニング”。まずは少し裸足で歩いてみるだけでも、得られることは多いことでしょう。特に怪我に悩まされている、あるいは記録の伸び悩みを感じている方にとっては、現状を打開する一手となるかもしれません。

[プロフィール]
吉野剛(よしの・つよし)
1974年生まれ、香川県出身。一般社団法人日本ベアフット・ランニング協会・代表。裸足ランニング ヘッドコーチ。サンディエゴ州立大学修士課程で裸足ランニングに関する研究を行い、現在は日本を拠点として全国各地でその普及に取り組んでいる。著書に『裸足ランニング~世界初!ベアフット・ランナー の実用書~』(ベースボール・マガジン社)、『新走法で速くなる!裸足感覚ランニング』(洋泉社)
【HP】https://www.hadashirunning.jp/

[筆者プロフィール]
三河 賢文(みかわ・まさふみ)
“走る”フリーライターとして、スポーツ分野を中心とした取材・執筆・編集を実施。自身もマラソンやトライアスロン競技に取り組むほか、学生時代の競技経験を活かし、中学校の陸上部で技術指導も担う。またトレーニングサービス『WILD MOVE』を主宰し、子ども向けの運動教室、ランナー向けのパーソナルトレーニングなども行っている。3児の子持ち。ナレッジ・リンクス(株)代表
【HP】http://www.run-writer.com

<Text & Photo:三河賢文>

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