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マラソンの起源は「マラトンの戦い」にあった。フルマラソンの歴史といま【スポーツ今昔物語】

 かつて生まれたスポーツが、現代ではどう楽しまれているのか。かつての人々がどんなスポーツをどう楽しんでいたのか。その歴史を紐解き、人々との関わりや与えた影響について紹介していく連載。今回は世界中で愛されるスポーツ「マラソン」がテーマです。長距離走の起源と歴史、オリンピックにおけるフルマラソンの距離などを見ていきましょう。

マラソンの起源は2つあった?

 マラソンの起源は、紀元前5世紀アテナイなどの古代ギリシアの都市国家群と、アケメネス朝ペルシアとの間に起きた「マラトンの戦い」にあり、有力な2つの説があるといわれています。

勝利の一報を本国に知らせるため、伝令が走った説

 ひとつめの説は、アテナイと同盟軍が約2倍ものペルシア軍をマラトンで破った一報を本国に知らせるため、ピリッピデスという伝令が約40キロ離れたアテナイまで駆け抜けた説です。ピリッピデスは、アテナイの人々に戦果を報告した後息絶えてしまい、人々はその功績を讃えるため「マラソン」という長距離を走る習慣が始まったというものです。

援軍を求めるため、伝令が走った説

 もうひとつの説は、歴史の父とも称される古代ギリシアの歴史家ヘロドトスが、ペルシア戦争について著した「歴史」に記されています。ピリッピデスが走った点は同じながら、戦果を伝えるためではなく、ペルシア軍を迎撃する援軍を求めるため伝令としてスパルタに走ったと記されています。アテナイからスパルタまで200キロ以上を走った彼の功績を讃えて、「マラソン」が誕生したというお話。

 シチュエーションこそ違いますが、両説ともピリッピデスが主役。諸説あれど、彼がマラソンの生みの親といえるでしょう。

 かつてのフルマラソンは42.195キロではなかった?

 長距離走が「マラトンの戦い」の伝承にちなんでマラソンとされたのは、古代ギリシアで開催された近代オリンピックの第1回アテネ大会のことでした。さらに走る距離もマラトンからアテネまでの約40キロとされ、ピリッピデスへのオマージュといえる競技種目として行われたのです。

 アテネ大会では走る距離に決まりはなく、第3回大会まで大体40キロという曖昧なものだったようです。初めて「42.195キロ」という距離が設定されたのは、第4回オリンピックロンドン大会でのことでした。コースは、観客によるレースの混乱を避けるためにイギリス王室の宮殿の敷地内をスタート地点にした結果コースの長さが、何とも中途半端な「42.195キロ」になったそうです。この後に開催されたオリンピックでも距離の変動があり、「42.195キロ」に固定されたのは、第8回のパリ大会からになります。

マラソンは世界中で親しまれるスポーツへと発展

 現在のマラソンは、近代オリンピックの黎明期と比べて、より馴染み深く、身近なスポーツの代名詞となりました。バッドやグローブ、テニスラケット、ゴルフクラブなどの道具を揃える必要がなく、ランニングシューズさえあれば誰でも気軽に始めることができ、身体も心も楽しめる点が人気です。健康維持やダイエットなどを目的として、日々の生活にマラソンをはじめとするランニングを組み込んでいる方も少なくありません。

 日本でもランニング人気は高まるばかり。国内でも年間を通じて大きな大会が開催されています。一般参加が可能な「東京マラソン」では、初開催の2007年時で応募総数95,044人だったのが、2017年には322,703人まで増加! 普段走れない都心部を走る楽しさも魅力ですが、それ以上にお祭り的要素も大きくなっています。

 最近では、通勤に車や電車を使わず走って出勤する「通勤ラン」も流行していることからも、ランニングが生活に占める割合も大きくなっています。歴史あるマラソンという競技、今後も人気が衰えることがない域に達したスポーツのひとつといえるでしょう。

《参考文献》
・ヘロドトス 著「歴史」岩波書店
「戦闘技術の歴史1古代編」創元社
稲垣正浩・谷釜了 編著「スポーツ史講義」大修館書店
田口貞善 監修「スポーツの百科事典」丸善

<Text:上野慎治郎(アート・サプライ)/Photo:Getty Images>

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