インタビュー
2018年7月20日

漫画家になってカッコ良く成り上がりたかった。本物の格闘技漫画でね。板垣恵介『グラップラー刃牙』(前編)│熱血!スポーツ漫画制作秘話 #4 (4/4)

合気道と中国拳法の実力とはッッ!

― 先生は自身も格闘技の経験があり、広く格闘技全般に興味と知識を持たれていますが、グラップラー刃牙の最大トーナメントのとき、あの勝敗はあらかじめ決めていたのでしょうか? もっと端的にいうと、ベスト4に合気道と中国拳法が上がってくるのは予定どおりだったのでしょうか? 当時個人的には意外なベスト4だったので気になっていたのです。

あれはラインナップを並べたときに、ぜんぶ決まってた。その中で合気道と中国拳法にはすごく胡散臭さを感じていてさ(笑)。ただ、俺は塩田剛三先生*2にお会いする機会があったんだ。そのときの塩田先生の周りにいる人たちの緊張感がすごくて。たとえば先生がタバコを吸おうとポケットに手を伸ばそうと体重が動いた瞬間に3人くらいライターを手に立ち上がるみたいな。もう究極の忖度だよ(笑)。

それくらい塩田先生っていうのは絶対的な存在なんだ。先生が道場で練習中に間違ったって言って、弟子を殺すこともできちゃうんだよ。もしそうなったら弟子は何もできないんだから、実力に差がありすぎて。そんな塩田先生の真の実力を測定するというか、確かめられる、そんな場に立たせたい見てみたいと思ったのが渋川剛気誕生のきっかけだよ。

― やはり塩田剛三先生はものすごい人だったのですね。

中国拳法に関しては、玉石混交な感じがしているんだけど、中国って国は料理もそうだし、房中術もそうだし、「生」の営みに関して探求の仕方が手抜かりなしというか、むしろ突き詰めすぎがオモシロイ。ならば闘争術である中国拳法の中にはそれくらい探求している本当の実力者はいるんじゃないか?

ブルース・リーでもジャッキー・チェンでもない、新しいタイプの中国の武術家。そんな「彼」が出てきたときに何が起こるのかというのを描いてみたかったんだよ。それが烈海王だったんだよね。烈はできたときに思ったよ、いいキャラになるし、スターになるとね。

烈海王には斬られてもらうッッ!

― 実際読者人気も高かった烈 海王(れつ かいおう)ですが、最新シリーズの『刃牙道』で宮本武蔵の刃の前に還らぬ人と成り果ててしまいました。そこにはどのような思いが……。

▲烈 海王と現代に蘇った宮本武蔵

たとえば『ゴジラ』で、ゴジラが海から上がってきて、人を避けて街を壊さないように一周歩いて、海に戻っていったら怒るでしょ(笑)。それと同じで、宮本武蔵が出てきたら、やっぱり誰かが斬られて死ななきゃいけないんだよ。「もう現代は廃刀令があってからだいぶ時間も経ってますし、刀は振り回さないでね」なんて武蔵に言えないでしょ(笑)。

― 確かに武蔵が誰も斬らないんじゃあ、武蔵自体の格が落ちますからね。

最初は本部以蔵を斬らせようと思ってたんだ。ちょうどいいやと。でもそこで本部が大きな勘違いをしちゃって、守護(まも)るとか言い出しちゃった。それを見ているうちに、これが勘違いじゃなくて本気だったらどうよ、本気で責任を感じてたらどうなのよと思って、そんな本部を思ったらドキドキしちゃってね。

そうなると本部じゃない誰かを斬らせないといけない、そこでアメリカ編でその後どうなってたんだよって、烈海王があがってきて。最初はなんとか双方の株価を落とすこともなく斬らずに終わらせるという手探りもしてみたんだけど、それをやっちゃうと板垣恵介という作家に対して読者がビビらなくなるし、今後誰かが「息の根を止める!」とか言っても、信用性がなくなる。それは作品の危機に繋がるので、やはり烈には斬られてもらうしかない、ということになったんだ。

― 人気も高いキャラなので、個人的にもショックが大きかったです。

烈海王には、読者の心の中で生きてもらおうということだね。

※編集部注
*1 作:梶原一騎・画:吉田竜夫。『週刊少年マガジン』(講談社)1962年1号から1963年52号まで連載。
*2 しおだ・ごうぞう。1915年(大正4)生まれ~1994年(平成6)没。合気道家として合気道を世に知らしめた功労者。

後編:痛みを意識して描いている。たぶん漫画家の中で一番殴られてるんじゃないかな。板垣恵介『グラップラー刃牙』(後編)

[作品紹介]
『グラップラー刃牙』板垣恵介(第一部/全42巻)
主人公、範馬刃牙は「地上最強の生物」=父を超えるため、最強を名乗る男達と戦い続ける格闘マンガ。地下闘技場編、最大トーナメント編などで描かれた戦いのシーンに憧れた格闘家も少なくない。第一部の後、外伝はじめ『バキ』『範馬刃牙』『刃牙道』と続き、シリーズ第5部を連載準備中。現在シリーズ第2部『バキ』のアニメがNETFLIXにて先行配信中。TOKYO MX1/サンテレビ/TVQ九州放送/テレビ愛知/KBS京都/北海道テレビにて好評放送中。今年は、刃牙から目が離せない!

◎秋田書店 http://www.akitashoten.co.jp
©板垣恵介(秋田書店)1992

[プロフィール]
板垣恵介(いたがき・けいすけ)
1957年4月4日、北海道生まれ。高校卒業後、地元で就職。20歳で退職し陸上自衛隊に入隊、習志野第1空挺団に約5年間所属する。アマチュアボクシングでの国体出場、少林寺拳法二段などの格闘技経験を持つ。その後身体を壊して自衛隊を除隊しマンガ家を志す。30歳のとき、漫画原作者・小池一夫の主催する劇画村塾に入塾。1989年『メイキャッパー』でデビュー、1991年「週刊少年チャンピオン」にて『グラップラー刃牙』連載開始。現在に至る。

<Text:関口裕一/Edit:松田政紀(アート・サプライ)/Photo:有坂政晴(STUH)>

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