座り方ひとつでガラリと変わる。車いす陸上のホープとマシン・エンジニアが上る最速への階段(前編)│わたしと相棒~パラアスリートのTOKYO2020~ (3/3)
鈴木:新しいマシンを最近作ってもらったばかりですが、乗り方をガラッと変えたんです。要望としては、乗り方の変更の他にも、乗る時に身体が当たる部分だとか、あとはタイヤが擦ってしまう箇所だとか、本当に細かいところを微調整してもらっている感じですね。
――乗り方を変えたというのは具体的にどのように変えたんですか?
鈴木:すごく説明が難しいんですけれど、今乗っているタイプは、シートの奥に、腰掛けられる段差を作って乗るという構造にしています。なぜそういう構造にしているかというと、自分はお尻が小さいので、今までのモデルだと、シートに正座して乗るとお尻の上部とシートの間に隙間ができてしまっていました。その隙間を無くして、フィット感を向上させるために、シートの奥に座る場所を設けたという感じですね。
――その変更によって乗り方にどんな変化があるのでしょうか。
鈴木:改良前であれば、お尻の上部に隙間ができてしまいますから、漕いだ時にお尻が不安定な状態。それをスポンジを挟み込むなどして抑えていたんですが、ちょっとスマートではないな、と。臀部がしっかりシートにフィットした状態で走る方が、スタート時のトルクがかけやすい(レーサーに力を伝えやすい)というか。
加えて、巡航中は最大で時速35km以上のスピードが出るので、その状態でお尻が安定しないとレーサーへ伝達するパワーが逃げてしまうかなと思ったんです。なので、その部分を変更してもらいました。あとは走行中に背中が地面と平行になるようにするという目的もありますね。そうすると(レーサーを漕ぐ時に)上から力を加えやすいんです。
小澤:今回、けっこうガラッと変えたんですよ。大体そういう時は一発で上手く行くことはないんです。作って、まず乗ってもらって、必要な箇所を変更していきます。
――3月のドバイ・グランプリ400mで日本新記録を出したということで、今のところ、変更は上手く行っているということでしょうか。
鈴木:そうですね。今はピタッとハマっている状況です。自分の考えがしっかりとマシンに反映されていて、それが競技の成績に表れているな、と。今年は、トラックレースは世界規模の大会はなくて、10月のアジアパラ(アジアパラゲームズ/ジャカルタ)のみですが、世界のメジャー・マラソンで勝ちにいきたいと思っています。去年も出場してはいたのですが、あくまでも経験として位置づけていました。
2月の東京マラソンでは惜しくも優勝できませんでしたが(準優勝)、来月はボストンマラソンとロンドンマラソンがあります。両レースとも、本気で勝ちに行くつもりです。メジャー・マラソンにはトラックで活躍している海外の選手たちも出てきますから、そこで勝つことは今後の競技結果にも影響してくると思っています。
後編:“経験の1年”から“挑戦の1年”へ。車いす陸上のホープとマシン・エンジニアが上る最速への階段(後編)
(※1)横浜ラポール:神奈川県横浜市にある、障がい者のレクリエーション・リハビリテーションのためのスポーツ施設。
(※2)日産カップ:日産自動車・追浜工場が地域との共催で行っている全国規模の車いすマラソン大会。
(※3)花岡伸和:車いす陸上競技選手。マラソンでアテネパラリンピック(6位)、ロンドンパラリンピック(5位)で入賞を果たした。現・一般社団法人日本パラ陸上競技連盟副理事長。
(※4)土田和歌子:日本人初の冬季(長野)、夏季(アテネ)のパラリンピック金メダリスト。T54クラスのマラソン世界最高記録保持者。現在はパラトライアスロンに転向し、第一線で活躍している。
(※5)洞ノ上浩太:パラリンピック車いすマラソン(T54クラス)にて、北京、ロンドン、リオと3大会連続入賞。
※本記事は2018年4月に公開された記事を再公開したものです。
[プロフィール]
鈴木朋樹(すずき・ともき)
1994年生まれ、千葉県館山市出身。パラ陸上競技T54クラス。生後8ヶ月の時の交通事故で車いす生活に。小学5年生から本格的に車いす陸上を始める。城西国際大学在学中に世界パラ陸上選手権に出場。2017年トヨタ自動車に入社、現在はトラック競技の中・長距離をメインにしながら、車いすマラソンにも出場する。2017年ロンドンパラ陸上800m 5位、1500m 7位入賞。東京マラソン2018(車いすの部)2位。
[プロフィール]
小澤徹(おざわ・とおる)
1969年生まれ、千葉県千葉市出身。1998年の長野パラリンピックをきっかけにパラスポーツに関心を持ち、オーエックスエンジニアリングに入社。以後、一貫して競技用車いすの製作に携わる。2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロと3大会連続でパラリンピック陸上競技車いすのメカニックを担当。2016年には製作したレース用車いす「CARBON GPX」がJIDA(公益社団法人日本インダストリアルデザイナー協会)デザインミュージアムセレクションVol.18に選定される。世界各国の車いす陸上競技選手のマシンを製作し、現在までのレース用車いす製作台数は約1200台にのぼる。
【オーエックスエンジニアリング】http://www.oxgroup.co.jp/
<Text:吉田直人/Edit:丸山美紀(アート・サプライ)/Photo:小島マサヒロ>