インタビュー
2017年8月29日

信國太志のサーフィン感「波と一体化したとき、摩擦のない世界を実感できる」(後編) (2/2)

「日常のすべての瞬間において主体と客体があり、あらゆる摩擦があるわけじゃないですか。でもサーフィンでうまく波に乗れたときには、摩擦のない世界を心と体で実感できます。オーストラリアのデレク・ハインドというシェイパーは、フィンのないボードを作っています。彼はわずかな水との摩擦を嫌い、リーシュすら付けていません。メンタル的には僕の追求していることと近いのかもしれませんね」

 そんな信國さんは、サーフィンをやめる日が来るかもしれないと感じている。ただ、それは多くの人がサーフィンから遠のく理由とは一線を画すものだ。

「サーフィンをせずとも、摩擦のない世界に心をとどめられるようになったら、僕はサーフィンをやめるでしょう。その上でサーフィンをすると逆に摩擦になってしまうんです。ヨガをやめたのはまさにこれが理由で、ヨガでしか得られなかった心の状態に、ヨガをしなくても自分で持って行けるようになったんです。サーフィンも同じようにやめる日がいつか来る予感があります」

 こうした考え方は、今、信國さんにとってもっともコアなものだという、仏教の価値観が影響しているとか。信國さんは、チベット仏教の2人の師に師事し、修行をしてきた。

「詳しい仏教哲学的な説明は長くなるので避けますが、先ほど主体と客体と言ったように、二項対立的なものの見方があるから摩擦が起こります。僕自身がそれらの区別がなくなるような心のありようになれれば、摩擦のない世界にとどまることができます」

先鋭的なシェイパーの考え方を、ビスポークテーラーの世界に置き換えてみる

 ともあれ、少なくとも現時点では一年を通じて波を求めて海へと向かっている信國さん。仕事においても、サーフィンからの影響を感じているようだ。

「テーラーの作業でも服を縫ったりするって大変だと思えば大変だし、面倒だと思えばそうだし、でも楽しいと思えば楽しくなる。サーフィンに出会い、自律神経のバランスが取れるようになったことで、そういったメンタルのコンディションが整えやすくなりましたね」

 メンタル以外でも、仕事面でサーフカルチャーから受けた影響があるとか。それを与えてくれたのはサーフボードを削る職人、シェイパーたちだ。

「シェイパーの中にはお客さんのサーフィンを実際に見て、話を聞いて、その人に一番合ったボードを提案する人もいます。それは一人ひとりのライフスタイルに応じた提案をするビスポークテーラーの仕事を始めるにあたって、大いに影響を受けましたね」

 さらに、常識を覆す先鋭的なボードを作り出す一部のシェイパーが、これから挑戦してみたいテーラリングのインスピレーションにもなっているという。

「例えば、近年は左右非対称のボードが出てきましたが、そうした先鋭的なシェイパーの考え方を、テーラードの世界に置き換えたらどうなるか模索してみたいです。アバンギャルドなデザイナーの既製服なら過去にもありましたが、ビスポークテーラーというより立体的で、精緻なクラフトに前衛的な要素が入ったらどうなるのか、とても興味がありますね」

 開発中のウェットスーツと、先鋭的なサーフボードに影響を受けたテーラードスーツは、これから一体どんな姿を見せてくれるのか。信國さんとサーフィンの関係は、まだしばらく続きそうだ。

[プロフィール]
信國太志(のぶくに・たいし)
1970年生まれ、熊本県出身。セントマーティン美術学校、修士課程(ウィメンズウエア)修了。1998年に自身のブランド「TAISHI NOBUKUNI」を設立し、2004年~2008年に「TAKEO KIKUCHI」のクリエイティブディレクターを務めるなど、ファッションデザインーとして第一線で活躍。2011年テーラーに転身し「the CRAFTIVISM」を設立

<Text : 保足浩司(H14)/Photo:竹内けい子>

▼前編を読む

テーラー目線で作るウェットスーツ。信國太志が語る"呼吸"の違いとは?(前編) | 趣味×スポーツ『MELOS』

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