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“ブレないモデル”新井貴子はなぜ世界のファッション界で活躍できるのか (1/2)

 世界最高峰のコレクションといえば、パリ・コレクション(パリコレ)。そのパリコレに出演したモデルの1人が、新井貴子さんです。パリだけでなく、ニューヨークやロンドンなど世界を股にかけて活躍する彼女は、元プロ野球選手の新井宏昌さんを父親に持ち、中学1年生から大学2年生まで、スポーツに打ち込んだ部活少女でした。

 ドキュメンタリー番組「情熱大陸」(MBS)に出演し、さらなる注目を浴びる新井さんは「ブレない自分になりたい」と強い意志を込めて語ります。筆者自身も不撓不屈の精神を肌で感じるほど。その強さはどこから生まれたのでしょうか? 語っていただきました。

アルティメットのアクロバティックな動きひと目惚れ

―新井さんのスポーツ歴についてお聞かせください。もともとバレーボールをしていたそうですね。

バレーボールは、中学校1年生から高校卒業までの6年間打ち込みました。レフトアタッカーでした。毎日休みなしで練習。放課後に3時間、夜の7時くらいまでやりましたね。土日も試合をするなど、厳しかったのを覚えています。

―大学時代はアルティメット(フリスビーを用いて7人対7人で行われるチーム競技。パスをつないでコート端のエンドゾーンを目指す)に打ち込んでいたそうですが。

大阪体育大学に進学したとき、当初は大学でもバレーボールをやろうと思っていたのですが、新入生向けの部活紹介で流れたアルティメットの映像を見たらひと目惚れをしてしまって(笑)。アルティメットのアクロバティックな動きに、引き込まれました。先輩から、アルティメットも身長が高くて手足が長いと有利だからと言われたこともあり入部を決意しました。

初めての撮影。「この感覚、すごく好きだ!」

―スポーツ一筋だった新井さんですが、なぜモデルに?

実は大学生のときは、モデルにメイクをする側のメイクアップアーティストになりたかったんです。でも、父から「貴子は(メイクを)やる方ではなく、やられる方が絶対にいいよ」と言われていて……。当時はノーメイクで、髪の毛も短く男の子みたい。スポーツをやめて自分に何ができるのかなと考えたときに、モデルなら身長を活かせるのかなと感じて、それでなんとなくやってみよう、と。

それから大阪のモデル事務所に入ってテスト撮影をしてもらたとき、「この感覚、すごく好きだ!」としびれてしまったんです。なんとなくモデルをはじめたんですが、モデルという職業を強く意識することになりました。そしてモデルをやるなら絶対にパリコレに出ようと思い、“パリコレ出演”をモデルとしてのゴールに設定し、本気で取り組みはじめました。

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