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器械体操を習ってバク転もできたけれど小学3年生でカヌーに転向、でも川が怖かった。カヌー日本代表・羽根田卓也(前編)|子どもの頃こんな習い事してました #28 (1/2)

 スポーツ界の第一線で活躍しているアスリートに、幼少期の習い事について訊く連載。自身の経験を振り返っていただき、当時の習い事がどのようにその後のプレーに活かされたか、今の自分にどう影響しているかを伺います。

 第28回は、2008年からオリンピックに出場し、2016年リオデジャネイロオリンピックでは銅メダルを獲得。2020年東京オリンピックでも活躍が期待されているカヌー日本代表の羽根田卓也選手。激流の中を下り、ゲートを順番にくぐる技術とタイムを競うスラロームを小学生の頃から始めた羽根田選手。その前は器械体操に励んでいたそうです。なぜカヌーに転向したのでしょうか。

器械体操、水泳、ミニバスケット、書道も習っていました

――小さいころ何を習っていましたか。

小学1~3年まで器械体操を習っていました。小学1、2年くらいのときはスイミング、高学年のときは地元のミニバスケットボールのクラブチームに入っていました。スポーツ以外では、低学年のときに書道、6年生のときは英会話。小学校のとき塾にも行っていました。

――器械体操を始めたきっかけは?

はっきり覚えていませんが、たぶん仲のいい友だちが習っていたからだと思います。週に1回通っていました。大会に出るほどではないけれど、バク転はできました。

――カヌーを始めたのは?

父親が元カヌー選手(羽根田邦彦氏)だったので、小さいころから川遊びの延長でカヌーに乗せられていました。3つ上の兄が本格的にカヌーに取り組んでいたのですが、自分は弟と一緒に器械体操を始めて、小学3年生のときに器械体操を辞めることになったので、カヌーに転向したという形です。弟はそのまま器械体操を続けました。

――自分から「器械体操をやめてカヌーがしたい」と言ったのですか。

「カヌーをやりたい」というより器械体操を辞めたかったんです。体操は僕にとってはさほど楽しさを見いだせなかったかなと、今振り返ると思いますね。何かしらスポーツはするのは当たり前という家族だったので、器械体操を辞めるなら……と自動的にカヌーになりました。

最初から練習するのが楽しくてずっと今まで続けてこられたわけではありません。地元の愛知県はカヌーが盛んで、日本代表の選手がたくさんいたので、遊びではなく選手をめざすことが当たり前のように感じていましたが、寒い日の練習は嫌だったし、激流は怖い。「辞めたい」と小さいころは何回も思いました。

――いつごろから楽しくなったのですか。

中学くらいまでは楽しくなれない時期が続きましたね。その後、いつのまにか楽しくなっていました。川に引っ張っていった父親の根気勝ちですね。カヌーをここまで人生かけてやることになるとは夢にも思っていませんでした。カヌーに限らず、習い事を続けるのは子どもの意志だけでなく親の協力がないと難しいと思います。子どもは親の助けがあれば嫌なことも続けられる。

「早く下りてこい」と兄が引っ張ってくれた

――お父さんはどのような思いで練習に連れていったのでしょうか。

父親は「オリンピックに出させたい」という漠然とした夢があったようです。だから、無理やり子どもを川に連れていって練習させたし、自分の休日も返上して教えたし、お金もかけた。今、親父はなんて言うかわからないですけど、その思いが実ったと言えるのではないでしょうか。

でも、こうなったのはたまたまですよね。自分より先に選手としてやっていた兄貴は大学生のときにカヌーを辞めてしまいました。さみしかったけど兄貴が考えて決意したことだから仕方がない。ただ、そういうこともあるので、難しいですよね。

――練習が嫌だったときはどのような感じだったのですか。親子げんかになった?

親子というより、兄貴の存在が大きかったように思います。自分より先に選手としてしっかり練習して、周りの大人に混じって楽しそうにしていたので、その様子に引っ張られました。親父より兄貴に怒られたことのほうが多いかもしれない。練習を嫌がると兄貴に怒られるから、兄貴が怖くて練習に行っていたというのもある。

――どんなことを言われたのでしょうか。

カヌーの中でもスラロームという競技は激流で技を競います。流れはステップ・バイ・ステップで克服していかないとならない。そこで、兄貴が最初のステップを起こして自分を激流に連れて行くんです。「行くぞ」と。自分は激流が怖くてしょうがないから躊躇してしまうんですが、「早く下りてこい」と怒鳴られたことを覚えていますね。中学生くらいまでは怖かった。

――大会には小学生のうち出場していましたが、オリンピックを意識しだしたのはいつからですか。

高校3年ですね。それまでも国内ではジュニアの大会で成績を残したり、大人に混じって大会に出たりして、中学3年のときに初めて世界大会に出たのですが世界では太刀打ちできない。高校3年のときに初めて世界大会で自分も周りも驚くような成績を出して、「自分は世界で戦っていけるかもしれない」と思いました。

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