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「勝ち負けに関しては何も言わない」。天才少女を生み出した両親の“子どもの伸ばし方”。スピードスケート髙木美帆(後編)【子どもの頃こんな習い事してました #1】

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 スポーツ界の第一線で活躍するアスリートに、幼少期の習い事について訊く新連載。自身の経験を振り返っていただき、当時の習い事がどのように競技に活かされているか、今の自分にどう影響しているかを伺います。

 5歳からスケートを始め、その後も水泳、ヒップホップダンス、サッカー、陸上に取り組み、輝かしい成績を残してきたスピードスケートの髙木美帆選手。後編では、両親はどのように髙木さんを応援してきたのか、子どもの頃の思い出を聞きました。

◆前編はこちら
・スケート、ダンス、サッカー。“何かのために”ではなく純粋に楽しむ、だから続く。スピードスケート髙木美帆(前編)【子どもの頃こんな習い事してました #1】

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やりたいことはすべてやらせてもらった幼少時代

――「小さい頃こういう習い事がしたかった」「こういう習い事をしとけばよかった」という思いはありますか。

全然。やりたいことはすべてやってきたから。音楽系の習い事をしていれば、なにか楽器が弾けたり歌をうまく歌えたりできたかもしれないと思ったこともありましたが、どうしても習いたいわけではなかったし、子どものころにやり残したことはないですね。

――それだけ子どもがしたいことを思う存分させてくれたご両親の存在も大きいですね。

大変だったと思います。兄妹3人、スケートをずっと続けるのは金銭的に安くはないですから。日本代表に選ばれるようになってからは支給品が増えたり、海外遠征費は連盟で負担してくれたりするんですが、小学校、中学校の前半は大会の出場費用などがかなりかかったと思う。その時期はあまりお金のことを意識しなかったので具体的にはわからないですけど。

――経済面に加えて、お弁当作りなど毎日のことも積み重なるとけっこう大変です。

我が家の方針は「女の子は高校生になったら自分でお弁当を作りなさい」。だから毎朝、母、姉、私の3人で父の分も含めてお弁当を作っていました。当時は自分で作らないとお弁当がないので「仕方なく……」という気持ちだったんですが、そのおかげで料理ができるようになったので、今思えばありがたかったと思います。

ちょうどいい距離間で見守ってくれていた両親に感謝

――子どもの頃、次々に素晴らしい結果を出す高木さんを、ご両親はどのような距離で見守ってくれていたのでしょうか。

父はスポーツが大好きで子どもの世話も焼きたがる人。練習や大会を必ず見に来てくれていましたが、もともと口数が少ないので、「ここの滑りこうしたほうがいいぞ」といったことは絶対に言いませんでした。スケートもサッカーもダンスも自分自身がやってきたわけではないから言えなかったというのもあるのかもしれません。ただ黙って、練習の帰りに車を運転してくれて。それで、家のだいぶ手前で止めて「ついたぞ」って。兄妹3人で「えっ、マジ!?」って、仕方なく降りてそこから家までランニング……。そういうことをしてくれていました(笑)。

母は無関心なわけではないんですが、やはり競技に関してそれほど詳しいわけではなかったので結果はあまり気にしない。練習態度が不真面目だと怒るけれど、勝ち負けに関して何か言われたことは一切なかったですね。いい結果を出しても「お疲れさま、たいへんだったでしょう?」と言う程度。

――それに対して高木さんご自身はどう思いましたか。

そんなものだと思っていました。この記録がどれくらいすごいのか、もしかしたらわかってないのかも、って(笑)。

――結果に一喜一憂してプレッシャーを与えないようにしてくれていたのでしょうか。

どこまで意識してくれていたのかはわかりませんが、高校くらいになるとだいぶ気を使ってくれていたとは思います。一時期、成長期でぽっちゃりしてたときがあり、「お弁当のおかずを替えたい」と言ったら快く協力してくれました。母も出勤前で時間のないときにお弁当のおかずを一品替えるのはなかなかたいへんなことなんですが、「面倒」という雰囲気を出すことなく協力してくれて心強かったですね。自分が「こうしたい」という希望には、惜しみなく協力してくれて、すごい両親だと思います。

思春期のときは、親に練習を見られるのが嫌なときもあったんです。父がスケート場の上のほうの席に座って見ていて「また来てる……」って。練習が終わったら荷物だけさっさと預けて、自分は一人で自転車で帰ったこともありました。でも、今思うと、子どものやっていることに関心を持ってくれる親でよかったなと思いますね。リンクサイドではなく上から見ているというのもいいですよね。リンクサイドだと圧があるじゃないですか。

母は私が中学高校にあがってから送り迎えなどはしてくれましたが、練習を見に来たことはありません。仕事も家事もあって余裕がなかったというのもあるんですけど。父と母の距離感のバランスもちょうどよかったのかもしれません。無関心ではないと分かっている分、遠くから見守ってくれているという安心感はありました。

我が子にすすめるならダンス。スケートは口出ししてしまいそうだから

――将来、自分が母親になったら、子どもにどんな習い事をさせたいですか。

なんだろう、難しいですね。スケートは絶対にすすめません! 本人が「どうしてもやりたい」と言わない限り……。たぶん私の子どもだとスケートしたいと言いそうですが(笑)、そうでない限り絶対にさせないです。本人にその気がないのに親のエゴでさせられるほど楽なスポーツじゃない。それはどのスポーツも同じだと思いますが。

それに、きっとあれこれ口を出しちゃうと思うんです。自分が本気でやってきたものだから中途半端だったら許せない。だから、私がまったく経験のないスポーツか、もしくはダンスだったら一緒にがんばれそう。ダンスはすすめるんじゃないかな。

――最後に、2018年の平昌(ピョンチャン)五輪に向けての意気込みを教えてください。

まず、代表選手に選ばれることが最重要条件。年末に決まるのですが、直前までなにがあるのかわかりませんから。選ばれることができたら、この3年間で力を入れてきた団体パシュートで金メダルをとりたい。個人種目でも昨シーズンは上位に食い込むことができたので、平昌の本舞台で上位の人と互角に戦って楽しめるレベルまで行きたいと思っています。

オリンピックはあの場にいるだけでとても楽しい。他種目を観戦して、勝った選手が喜ぶ姿を見るだけでも気持ちが高ぶります。それがオリンピックの怖いところでもあるんです。バンクーバー五輪(2010年)のときにいかに平常心を保つかが大事だと感じました。今はただひたすらに、目標に向かって行うべきことを行うしかないと思っています。

[プロフィール]
髙木美帆(たかぎ・みほ)
1994年生まれ、北海道幕別町出身。日本体育大学氷上スポーツ研究室助手。2010年、中学3年のときにバンクーバー五輪に出場。2012年、W杯ソルトレークシティ大会1000mで世界ジュニア新記録を樹立。同年、冬季ユニバーシアード1000mで金メダルを獲得。2015年の世界距離別スピードスケート選手権団体パシュートで日本初の金メダルをもたらす。2017年、オールラウンダーの世界一決定戦である世界選手権で総合3位、W杯の団体パシュートで優勝

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<Text:安楽由紀子+アート・サプライ/Photo:小島マサヒロ、Getty Images>

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