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Jリーガーから年商200億超の社長に。SOU嵜本晋輔氏(前編)【元プロアスリートに学ぶ、ビジネスの決断力 #1】

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 元プロアスリートという経歴を持ちながら、現在は別のフィールドで活躍している方をフォーカスする本企画。人生のターニングポイントで下してきた大きな決断にまつわるエピソードや、その時の心境など、今だからこそ語れる貴重なエピソードを紹介していきます。

 第1回は、元Jリーガーにして、現在リユース事業で活躍している株式会社SOUの代表取締役社長 嵜本晋輔氏にお話を伺いました。

《後編はこちら》
・【元プロアスリートに学ぶ、ビジネスの決断力 #1】ガンバ大阪時代に味わった“甘さ”があったから。SOU嵜本晋輔氏(後編)

人生の転機は戦力外通告を受けたこと

--まずは簡単に、会社の紹介からお願いします。

2011年の12月に設立して、今期で6期目になります。事業内容は貴金属やブランド品などの買い取り販売をやっておりまして、今は東京オフィスを拠点としておりますが、本社は大阪になります。従業員数は今年の2月時点で333人、そして売り上げが前期で約219億円となります。

--Jリーガーから転身されたきっかけを教えてください。

もともと僕は、小学校4年生の時からプロになることを目指してサッカーをはじめました。紆余曲折を経て念願だったプロになり、2001年にガンバに入団することができましたが、3年間の現役生活の中で思った事は、「レベルが高い」の一言に尽きました。

その後、チームから戦力外通告をもらい、JFLの佐川急便SCに入団し、そこに1年間在籍したのですが、思ったような結果を出すことができませんでした。その時に思ったことが、これから何年も時間をかけてJFLからJ2、そしてJ1へ上がって行くのは非常に可能性が低いということでした。つまり、肌身でプロの世界の厳しさを感じ、これ以上プロにしがみついていても、結果は見えているということです。

単純にサッカーが好きで、この先どうあれずっと続けて行くんだというのは賢い選択ではないと。ならばそこでプロに見切りをつけて、次の世界に向かうほうが、自分の人生においてはプラスに働くのではないかと考えました。それが22歳の時ですね。


--22歳という若さでプロスポーツの道から、一般社会へと身を投じたわけですが、最初は大阪で家業の手伝いからはじめたと。

父親が大阪でリサイクルショップを経営していて、そこで修行というか、下積むことからスタートさせました。兄二人が先にそこで働いていて、少し遅れて僕がそこに入った格好ですね。ずっとサッカー漬けの人生を送ってきたので、リユース事業についてはもちろん、文字通り右も左もわからない状態でした。

父親のもとで働くようになってから、段々と仕事のおもしろさを見つけていったんですね。例えば、一台の冷蔵庫を3000円で買い取って、それを欲しい方に12800円で売る。その差額が利益となるという商売の仕組みはもちろん、リユース、リサイクルの事業を楽しいと思うようになっていきました。

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引退後7年で独立を果たす

--本当にゼロからのスタートだったわけですが、その後の展開がとてもスピーディーで驚きます。

大阪で仕事をしていく中で、ひとつの商材に興味を持ちまして、それがブランド品でした。冷蔵庫や洗濯機が一家に一台あるように、どこのご家庭にも必ずひとつはブランド品があるものです。アジアの人はブランド品が好きな傾向にあるので、この商売は絶対に広がって行くだろうと考え、2007年に大阪でブランド品の買取専門店を構えることを決めました。

関西で3店舗を展開した後、東京へ進出しました。東京は想像以上にマーケットのポテンシャルが高かったのですが、何とかやっていけそうだと思いましたね。関西でやっていた店舗では、とにかく接客のクオリティを上げることに重点を置いていて、東京に出てきていろいろなお店を視察した際、我々の方がレベルは高いと確信したので。

自信が確信に変わったのが2009年頃のことです。これならやっていけると。当時は兄2人と3人で興した会社で共同経営という形をとっていて洋菓子のお店も運営していたのですが、僕の方はリユースを専門的にやってきたいという気持ちが強かった。2011年、PABLOというチーズタルト専門店をスタートさせたところで、この機会に3人独立しようと話し合って、会社を分けることにしました。

それまでは持ち株も三等分だったのですが、独立を機に解消してそれぞれが会社を持つ代表者となりました。2011年にSOUを設立後、正式にオフィスを構えたのは翌年の話です。それまでは店舗しかなかったのですが、段々と手狭になってきたので青山に小さなオフィスを借りてスタートさせました。お客様の信頼も多く獲得でき、事業の幅もさらに広げていったので、数回のオフィス移転を経て、より大きなオフィスにと考え、現在の拠点に移し現在に至ります。

--起業された当初はどんな様子でしたか。

手ごたえは掴んでいたので、とにかく展開しようと。最初はとにかく人材を確保して店舗を増やすことに時間とお金を費やしました。つまり、あまり細かいことは考えず、とにかくイケイケの状態の言うのでしょうか。勢い優先で事業を展開させていましたね。その分、今は何か新しいことを始める前にしっかりとマーケットを調べて、その上で事業計画を練ってから動くようになりました。

--では起業された当初は事業計画を立てずに動いていたと。

緻密に計算して動いていた訳ではありませんでした(笑)。過去に関西で出店していたときの感覚がすべてでしたね。マーケットのポテンシャルがあるかどうかを確認して、いけると思ったら即出店という流れでした。言うなればベンチャーならではのスピード感というのでしょうか。もちろん競合他社さんの動きはちゃんとチェックしていて、他社との違いみたいな点も把握していました。我々はとにかくお客様に対して真摯に接するというか、至極丁寧な対応がウリだと思っていいて、そこは他社にも引けを取らない自信を持って仕事をしていましたね。

《後編はこちら》
・【元プロアスリートに学ぶ、ビジネスの決断力 #1】ガンバ大阪時代に味わった“甘さ”があったから。SOU嵜本晋輔氏(後編)

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【プロフィール】
嵜本晋輔(さきもと・しんすけ)
1982年4月14日生まれ。大阪府出身。元Jリーガーにして、現在はブランド買取専門店「なんぼや」、予約もできる買取専門店「BRAND CONCIER(ブランドコンシェル)」、BtoBオークション「STAR BUYERS AUCTION(スターバイヤーズオークション)」、などを運営している株式会社SOUの代表取締役社長を務める

<Text:上野慎治郎(アート・サプライ)/Photo:小島マサヒロ>

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